11月の《身近なホールのクラシック》では、世界中のクラシック・ファンが注目する、国際的な2人の海外アーティストが箕面へやってきます。
・11月6日(木)《身近なホールのクラシック》大阪フィルハーモニー交響楽団 箕面演奏会 指揮者の領分 カーチュン・ウォン
・11月27日(木)《身近なホールのクラシック》世界への窓 イゴール・レヴィット ピアノ・リサイタル
この2人はまさにいま聴くべきアーティスト!音楽評論家の奥田佳道さんに推しポイントを伺いました。
◆いまこの2人を聴かずに誰を聴く!
■いま聞くべき、いまライブを味わうべき最先端
「いまこの2人を聴かずに誰を聴くとまで言ってもいいくらいですよ」と奥田さんは力強く述べます。
「どちらもライブの人です。芸術を高い次元で分かち合いましょうと聴衆に誘いかけてくれ、わたしたちが予想もしなかったような領域を見せてくれます。ライブの現場で常に音楽家とはどういう存在なのかということを問い直している。それを聴き手と共有し音楽の可能性や発展性に思いを馳せている。私は、そこがとても好きです。《身近なホールのクラシック》というコンセプトに、とても合っている2人だと思います」
■テクニックとメッセージ性の両立
「2人はもちろん、音楽的な個性やレパートリーは全く違う。しかし、大きな視点で見ると、抜群のテクニックとメッセージ性の両方を高いレベルで兼ね備えた2人です。どういう音楽をどういう視座で奏でるかという音楽家としての方向性が非常にクリアで、演奏家のやりたいことが聴き手やオーケストラにとても伝わってくるのです」
◆カーチュン・ウォン ~音に託したメッセージ 欧州が注目する新しい才能~
■摩訶不思議な音楽のメッセージ
まず11/6(木)にカーチュン・ウォンと大阪フィルハーモニー交響楽団がメイプルホール大ホールに登場します。
奥田さんにカーチュンの印象をお聞きすると、まず「とても独特ですよね」との言葉が。「しかし、それは決して表層的なものではありません。彼は抜群のテクニックとメッセージ性の両方を高いレベルで兼ね備えており、カーチュンとオーケストラと聴き手が三位一体となってどういう高みに登っていけるかということを示してくれます」
「また、ヨーロッパのプレイヤーや聴衆から見ると、カーチュンはアジアから来た新しい才能。趣味や解釈の分断化・細分化が進んで閉塞的な状況にあるとも言われるヨーロッパのクラシック音楽の世界に、何か新しい扉を開いてくれるのではないかという期待感を抱かせる音楽家の一人です」
「演奏会に行くと、この指揮者とこのオーケストラを聴き続けたいなという気持ちにさせる。カーチュンはそんな摩訶不思議な音楽のメッセージやオーラを持つ指揮者なのです」
■探究心をもち楽譜を読み解く
「とても重要なのは、カーチュンを『楽譜を独特の視点で切り取っている』『カーチュンならではの個性』と褒めることは簡単ですが、実はそれだけではありません」と奥田さんは続けます。
「彼の演奏会は毎回とてもクオリティが高い。彼は近年どんな研究や解釈がなされているのか、音楽学の動向を熱心に勉強している。非常に高い能力で楽譜を読み解いた上で、自分はなぜそうしたいのか、オーケストラとどういう音を奏でたいのかを見せてくれます。そして、それをどう受け止めるかはわたしたち聴き手に委ねられているというわけです」
■メイプルホールでのエニグマ変奏曲
箕面公演の前半はエルガーのエニグマ変奏曲。「エニグマ」とは「謎」という意味で、主題に次々と続く各変奏には謎めいた愛称や頭文字が付けられています。
「珍しい曲だなと思われるかもしれませんが、実はもっと演奏されるべき名曲。エニグマ変奏曲は、謎が謎を呼ぶ変奏曲です」
「また、エニグマ変奏曲には室内楽的な響きがあります。オーケストラの役割や機能を鮮明に伝えてくれるのがエニグマ変奏曲。メイプルホールという親密な空間は、この曲を聴くのには最高の場です」
奥田さんはしばしばメイプルホールを「古き良きヨーロッパを思わせるような空間」と称します。メイプルホール大ホールは客席501席の中規模ホール。ステージからお客様の顔が見え、客席から奏者の顔が見える。そんな親密な距離感ならではの魅力があるホールです。このホールに合う曲を、マエストロは数あるレパートリーの中から慎重に選んでくださいました。
■カーチュンが魅せる『新世界より』
演奏会の後半には、皆様よくご存じのドヴォルザークの『新世界より』をお聴きいただきます。クラシックにあまり馴染みのない方でも聴いたことのある第2楽章の美しいメロディを始めとする、言わずと知れた名曲ですね。
「これまでオーケストラのコンサートに行ったことがなくても、身近なホールで『新世界より』が聴けるなら行ってみたい、という方もいるかも知れませんね。カーチュンは、そうした初めてのお客様も大歓迎ですし、『新世界より』をよく知っているお客様にも絶対に新しい発見をさせてくれます。更に新しい発見をしませんか、新しい旅をしませんか、と誘ってくれるはず」
カーチュンの動向に興味のある熱心なファンにとっても、ビギナーにとっても、必ず楽しめる演奏会になることでしょう。
◆今、ウィーンで最も愛されるピアニスト イゴール・レヴィット
■レヴィットが作り出す魔境
11/27(木)には、会場を東京建物Brillia HALL箕面(文化芸能劇場)に変えて、イゴール・レヴィット関西初のリサイタルを開催します。
「レヴィットを語るとき『魔境』という言葉をよく使います。聴き手の期待を悠々と超えて、とてつもないところへ連れて行ってくれるのです」と奥田さん。レヴィットが箕面で出現させる世界、音楽の魔境へ期待が高まります。
■今、ウィーンで最も愛されるピアニスト
一昨年にウィーンでレヴィットを聴かれていましたよねとお尋ねすると、「実はそのかなり前から好きなんですよ」とのこと。「この人を聴き続けようと思ったきっかけは、2017年9月の東京文化会館大ホールでの演奏会です。ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団の特別演奏会で、レヴィットはソリストとしてラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』を弾きました。その演奏会以来、追いかけられるだけ追いかけようと思っています」
そして、2023年12月のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会です。レヴィットは、ティーレマンの指揮でブラームスのピアノ協奏曲第2番変ロ長調を演奏しました。第3楽章ではチェロのソロも主役を演じるコンチェルトです。チェロはタマーシュ・ヴァルガでした。「これがそのプログラムです」と奥田さんは実際のプログラムを取り出して見せてくれました。見開きの左右一面にそれぞれ大きな写真が。左面がレヴィット、右面は指揮者のティーレマン。「写真の下に変な余白があるでしょう」と奥田さん。確かに、数行分が抜け落ちたかのような空白があり、その下に名前が書かれています。
「ウィーン・フィルの定期演奏会のパンフレットには、プロフィールを載せないことがその人への最大の敬意だという考え方があります。写真が大きくあって、普通はプロフィールがある箇所が空白になっている。それが、周知である、信頼している仲間ですよというメッセージなのです」一見バランスが悪いようにも見える余白に、そんな意味合いがあったとは驚きです。
「もしかしたらレヴィットは日本ではまだあまり知名度が高くないかもしれませんが、これを見てみてください。この一行に、名前と初共演の2018年という年号だけが書いてある。これが音楽家に対するウィーン・フィルからの最大の敬意。『レヴィットはレヴィットです』ということなのです」
「演奏会では打ちのめされました。奏でられたのは謙虚でストイックな、しかし広大な音楽。いまだに語り足りないほど素晴らしかった」
「そこで感じたのは、ウィーン・フィルの団員のレヴィットに関する尊敬の念です。そしてレヴィットとティーレマンとの絆、ウィーンのお客様との絆。レヴィットは、紛れもなくウィーンの人々にいま最も愛され期待されるピアニストの一人なのです」
■プログラムに込められたメッセージ
「レヴィットのプログラムには意味があります」と奥田さんは断言します。今回のプログラムはシューベルトの最後のピアノ・ソナタ第21番と、シューマンの『4つの夜曲』、そしてショパンのピアノ・ソナタ第3番。「レヴィットが何をどう奏でるかという深淵で彫りの深いメッセージがこの選曲の並びを見ているだけで感じられます。ただシューベルト、シューマン、ショパンを並べただけではありません」
■深淵なシューベルト 最後のソナタからコンサートの幕は開く
コンサートの幕開けはシューベルト。「演奏会の最後に弾くのにも勇気がいる程の40分以上かかる大曲です。難易度も高く、音楽がさまようような非常に深い曲。シューベルトの最後の境地をみんなで分かち合うような曲です」
レヴィットは、このシューベルトの最後のソナタを敢えて冒頭に持ってきました。この曲でコンサートを始めるというところに、既に彼のメッセージがあるに違いありません。
■そして、満を持して弾くショパン
「また、ついにレヴィットがショパンを弾くという点にも注目が集まっています。彼がショパンをコンサートで弾くのは今回のツアーが初めてのはず。文化芸能劇場の広大な空間に彼が満を持して弾くショパンのピアノ・ソナタがどのように明晰かつ彫り深く響くのか。考えるだけでワクワクします」
「すごいリサイタルになると思いますよ」と奥田さんは太鼓判を押してくれました。2025年にレヴィットの演奏を箕面で聴く経験は、きっとわたしたちの大きな財産になることでしょう。
奥田さん、貴重なお話をありがとうございました。この秋の芸術の旅への期待がますます高まるのを感じずにはいられません。皆様のご来場を心よりお待ちしております。
奥田さんにお薦めの音源をお聞きしました。
・カーチュン・ウォン
最近の演奏で特筆すべきはこちら。日本フィルハーモニー交響楽団とのマーラーの交響曲第5番。
マーラー:交響曲第5番
・イゴール・レヴィット
先述のティーレマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのブラームスのピアノ協奏曲。ブラームス晩年の名作もソロで収録されています。
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番&第2番/ピアノ小品集
(聞き手:チーフコーディネーター 日比野)